黄天化という男は勝手だ。阿呆だ。そして愚かだ。は目の前で眠る天化を冷ややかな目で見つめた。母譲りだという黒い髪へ手を伸ばす。まだ、目を覚ます気配はない。

封神計画が終わってから、天化は頻繁に人間界に降りるようになった。そちらに女ができたのだ。天化はそれを隠すつもりはないし、はそれを咎めるつもりはない。昔からそういう関係なのだ。浮気だとか二股だとか、そういう安っぽい関係ではない。天化とは、お互い求め合うから共にいる。求める相手と、恋人は必ずしも一致しない。特に、不老不死が当然の仙人界では。

しかしは気がついている。天化は、人間と恋することを恐れていると。いつか失うのが怖いのだろう。永遠のときを生きる自分と、平凡に人生を生きる人間。仙道にとっては一瞬の早さで、人間は死んでゆく。この力を手に入れたとき、天化はわかりきっていたはずだ。それなのに今更、恐怖で打ち砕かれそうになっている。
はそれが天化の阿呆なところで愚かなところで少しかわいいところだと思う。彼は相手を失うことばかりを考え、ひとり悩み、苦しんでいる。なんて弱いのだろうか。彼は死を恐れすぎている。永遠の命を手に入れた者ゆえの苦しみだろうか。
人間界から帰ってきた後の天化は、必ずを求める。寂しさを紛らわすためか、不安を紛らわせるためかは知らない。だけど彼は忘れている。永遠の命にだって、限りはあるものなのだ。


は思う。
私は死など怖くはない。別にいつ死んだって構わないのだ。だって、私は天化を愛したし、天化は私を愛した。それだけで、もう充分じゃないか。
ゆっくりと夜があけようとしている。人間界から見る日の出も、こんなに切なくて愛おしいものなのか、起きたら天化に聞いてみようとは思い、もう一度目を閉じた。


(さようならまぼろし/2007.01.02 なぎこ)
(最後のお話が一番8823らしいお話になりました
天化は愚か者のロマンチ
そういう天化を、彼女は愛おしいと思い愛している
今日までお待たせいたしました。そしておそまつさまでした!)