「君の描く絵は、とても不思議な絵だね」

伯邑考の言葉にはチラリと後ろを振り返ったが、すぐに目線を元の位置に戻した。右手で筆を持ち、さらりさらりと躍らせていく。伯邑考は立ったままで、後ろからを見ている。「変わってるって」が口を開く。「お前の絵は変わっているとよく言われます」相変わらず筆は優雅に踊っている。
橙と灰と白と青。それらの色が不協和音を奏でることなく四角の中に存在している。とても抽象的な絵だ。波のようにも見えるし、空のようにも見える。もしかしたら植物かもしれないし、人間かもしれない。伯邑考がそれは何かと問うと、はポツリと「この国」と呟いた。彼女に今のこの国は、こう見えるのだ。彼女の目を通して見える殷は、このありのままに見える。はあくまでそれを忠実に表しただけ。抽象的なんかではない。彼女の絵は、ひどく具体的だ。


「私も描いてはもらえないかな」

伯邑考がそう言うとは筆を持ったままゆっくりと後ろを見る。表情は変えない。そして彼女が体全体で伯邑考を見ることもない。伯邑考はにこにこ、と微笑んでいる。

「伯邑考さまって変わってる」
「そうかな」
「普通、私なんかに絵を、しかも肖像画を描けなんて言わない」
「肖像画なんて、そんな堅苦しくなくていいんだ。ただ、君の目にうつる私の姿を見てみたい」

の大きな瞳が伯邑考をとらえる。この目は、伯邑考をどのようにとらえるのだろうか。じっとりとしたその目にうつる自分自身から、伯邑考は目を離せないでいた。



結局、その絵は伯邑考の死によって未完成のまま終わることになる。が描く周の国も、描きかけの伯邑考の絵さえも、見ることもないまま。その絵は、きれいな青と黄がベースとなった、やさしい絵だった。




(宿題のこしたまま/2006.10.22 なぎこ)
(姫家のひとは基本的にこころやさしい)