泣きたいときくらい、安心な場所で泣きたい。その思いからか、はいつも同じ場所に座って泣いていた。それが晴れでも雨でも雪でも。はいつも大きな木の根っこが作り出す小さな洞窟の中で、ぽろぽろと涙をこぼす。ひとしきり泣いて、泣いて、泣いて。太乙に連れて帰らされたり、彼が研究中で気がつかないときにはひとりで帰ったり、そのまま眠ってしまったり。とにかく、はよく泣く。 「また泣いてるのかい?」 傘を差した太乙がを覗き込んだ。は少しだけ太乙のことを見て、すぐにまた視線を下に戻した。は何も答えない。の髪は雨にあたったのだろうか、濡れてペタンとなっている。対して太乙は湿気でくせがついてしまっている。だから太乙は雨が嫌いだ。自慢の髪、というわけではないし、むしろ無頓着なほうなのだが、こういう不可抗力が嫌いなのだ。不可抗力に逆らうのが好きな男なのだ。そういう意味で彼は野生的で自立したがっている。 「帰らないのー?」 やはりは何も答えない。太乙は例の髪を触っている。すぐに太乙はその場から立ち去った。面倒になったのだろうか。は遠くなる足音を右耳で聞いた。濡れた前髪が額にくっついてうっとおしい。背中に水が一滴落ちる。寒い。さむいさむいさむい。こんなことならば素直に太乙と帰ればよかった。ここまで意地をはってしまうと、今度はその意地を解くのが大変だ。頭の中ではいつか聞いた陽気な音楽が流れている。雨はまだ降り続いている。泣きたいのはこっちだ。 「ー」 帰ったと思っていた声には驚き振り返った。「ちょっとこれ見てよ」太乙はにこにこ笑っている。傘は首と肩の間で挟み、手には重そうな機械を持っている。なんだか窮屈だ。「何それ?」がやっと口を開く。「まあ見てればわかるって」太乙は得意気に笑う。 太乙は少し離れた場所にその機械を置いた。耐水性にしてあるのか、雨に濡れても全く支障はないようだ。太乙は小走りでの元へ帰ってきた。途中で水溜りを踏み、服を汚したようで、少し嫌な顔をした。が、すぐに表情を戻し「見ててよ」とリモコンのボタンを押す。 降り続いていた雨がやんだ。そして空には大きな虹がかかった。 「虹だ」 「へへ。正確には三稜鏡で作り出したスペクトルなんだけどね」 太乙は得意気に続ける。 「あの機械の中に、急激に水分を吸収すると成分がプリズムと似るようにしてる水晶体が入ってるんだ。それに空からの光と、さらに機械の中に特殊な光線を発するライトをとりいれてる。虹、ではないけどその気分は味わえるだろう?」 改良に改良を重ねたんだよ、と太乙は笑う。もそれにつられて笑った。すぐに雨は降り始めるが、額にへばりつく前髪はもう気にならなかった。そのを見て、太乙は口を開く。 「かえろっか?」 (泣く空へ優しさを/2007.01.02 なぎこ) |