嫌な予感がしたのは事実だった。でもまさか。まさかね。そう思っては自分の心を落ち着かせようとしていた。握った手が湿っていて気持ち悪い。適度な距離感。走る緊張。はこれが何かを知っている。戦闘開始まで、あと少しだ。 「師叔、残念です。本当に」楊ゼンが口を開く。太公望が驚いてどういうことかと問うが、彼は「本当に」としか答えない。多分、太公望もどういうことかわかっているのだろう。ただ、少しの望みをかけて聞いたのだ。もちろんそれが脆くも崩れ去ることさえ、彼は知っている。雷辰子が憤慨し、ナタクが乾坤圏を楊ゼンへと構える。天化が軽蔑の視線を投げかけ、四不象がわめく。だけが何もせずに楊ゼンを見つめる。楊ゼンはと、目をあわせようともしない。 スパイスパイスパイスパイスパイ。の頭の中をこの三文字が駆け巡る。スパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイスパイ。あまりに駆け巡りすぎて、スパイという単語がゆっくりと記号化していくのを感じた。話を整理するように、楊ゼンが説明する。彼が原始天尊から命ぜられた任務は、太公望を監視し、封神計画を遂行させ、最終的にそれを封神すること。楊ゼンはスパイだった。ただそれだけの話だ。それ以上も以下でもない。 「師叔。あなたと出会えてとても楽しかった。色々と勉強にもなりました。ですが、これでおわかれです」 楊ゼンがゆっくりと腕をあげ、こちらへと構える。こんな状況にいてまで、は私への別れはないのかなどと、妙に冷静でいた。それと反するように、汗が一筋流れていく。口を開くと何か出そうなので開かない。目は閉じない。手にしていた宝貝は握る。楊ゼンとはじめて目があったとき、それは彼の宝貝による光ですぐに遮られる。 (ぬすまれた一番星/2006.11.11 なぎこ) |